本の紹介

パール・バック(丸田浩監修・小林政子訳)『神の火を制御せよ――原爆をつくった人びと』径書房

本書を知ったのは、熊芳『林京子の文学――戦争と核の時代を生きる』の参考文献としてあげられていたからである(この本の紹介については他日を期したい)。本書は、『大地』などの作品で知られるノーベル賞作家パール・バックが、核兵器を製造した側の視点から、核兵器開発に奔走する政治家とそれに協力し、後には反対することになる科学者たちの激動の5年余りを描いた作品である。作品は、4章とエピローグからなり、ナチスドイツとの原爆開発競争に端を発し、日本の真珠湾攻撃により(第2章では、永年アメリカで暮らした日系アメリカ人の画家が、計画のリーダー的存在である科学者宅を訪れ、強制収容所に移送される前に別れのあいさつをするシーンもある)本格的に原爆開発の乗り出したアメリカが、シカゴで核分裂実験に成功した科学者たち(そのリーダーは、ノーベル物理学賞受賞で著名なエンリコ・フェルミ)を動員し、その後巨額を投じたマンハッタン計画により原爆実験に遂に成功、広島と長崎に原爆攻撃を行なうまでの経緯を詳述している。原爆完成間近になり、その驚異的な破壊力を人体に行使するのを阻止しようとした一部の科学者たちは、ワシントンを訪れ、政治家たちや軍人たちに核兵器の使用を思いとどまるよう説得を試みるのだが、それはかなわず、失敗に終わる。第二次大戦終了後、マンハッタン計画に参加した科学者たちは虚脱感にとらわれて仕事場を去り、新しい道へと踏み出すところで物語は終わる。この歴史を縦軸とすれば、男性科学者たちとその妻、また一人だけ登場する女性科学者と男性の同僚たちなどとの男女関係が横軸として組み合わされ、良質な娯楽作品になっているように思われる。ただし、監訳者の丸田氏によれば、一時この本はアメリカでは入手困難になっていたそうで、その謎を解き明かすべく翻訳にとりかかるのだが、結局その謎は解かれないままである。また、ただ一人の女性科学者は、パール・バックの分身のような人物であると述べられている(396頁)。ただ、それを補って余りあるのが、監訳者自身による行き届いた解説で、一度手に取ってみて損はない内容と思われる(この項書きかけ)。