本の紹介
広島市立大学国際学部多文化共生プログラム編『周辺に目を凝らす――マイノリティの言語・記憶・生の実践』彩流社、2021年
興味深そうな論考が並び、思わず手に取った。まだ全部に目を通したわけではなく、私が関心を抱いた広島の被爆者に関連する論考から読んでみた。簡単な感想を記してみる。
 
柿木伸之「地図の余白から――記憶の交差路としての広島へ」
ベンヤミンの研究者らしく、明言はされていないが、そこかしこにベンヤミンの思想や概念(パッサージュ論など)を下敷きにした考察が展開されている。旧陸軍被服支や原爆スラムについて代表的な著作をもとに執筆されており、わかりやすくよみやすい。
 
向井均・湯浅正恵「「黒い雨」未認定被爆者カテゴリーの構築――原爆医療法制定とその改正過程を中心に」
現在に至るまで根本的な解決には至っていない「黒い雨」降雨地域の未認定被爆者の問題をその出発点に遡り、現在に至るまでの歴史的経緯について問題点を指摘した啓蒙的な一文。私が知らない細部については教えられ、参考になった。特に任都栗司なる人物が被爆者行政におそらく悪しき影響を与え、禍根を残す決定に深く関与したことはほぼ確実なのであろう。ただし、1960年に定められた「特別被爆者」(1974年に廃止)に関連して、「原爆症とは直接関わりのない一般医療費まで国費が負担」(363頁)と記している個所は問題がある。原爆症に起因する症状とそうでない症状をどのように切り分けられると著者たちは考えているのであろうか。たとえば、交通事故による怪我は明らかに「原爆症とは直接関係のない」とたぶんいえるだろうが(原爆で目に障害を負っている場合はそうはいえないが)、仮にそうだとしても怪我からの回復に原爆症が影響していないとはどのように判定できるのだろうか。