本の紹介

日高勝之『「反原発」のメディア・言説史――3.11以後の変容』岩波書店、2021年

 

著者は『昭和ノスタルジアとは何か』(世界思想社、2014年)で優れた言説分析を示したメディア論の専門家だけあって、期待をもって読んだ。主要な著作、論者、映画が手際よく俎上に載せられ、自分が知らない映画作品なども多く紹介されており、その点では参考になった。ただ、正直にいえば、同書には食い足りない点も残っている。

第一に、個々の論者の紹介に割くスペースが少なく、掘り下げた分析が不足している。これは紙幅の都合と主要な論者に焦点を当てたためやむをえないとは思うものの、評者が考えるには、かえって重要な論者やメッセージを見落としているように思われる。

第二に、メディア・言説分析が主題であるため、いわゆる草の根の人たちが反(脱)原発に注いできた努力や情熱に対する言及が欠けていることである。これは同書で紹介されるドキュメンタリー映画を通して少しだけうかがうことができるものの、基本的には本書の枠外である。

これらの点はないものねだりという趣もなきにしもあらずであるが、ただ、評者には必ずしもそれだけとは思えない。反原発運動・論争をメディア論に限定してしまえば、「現場」の雰囲気が欠如してしまうことは最初から予測できるからである。また、著者が既存のメディアに批判的であることはよく伝わるものの、著者自身の立ち位置(反原発なのか、原発容認なのか)は最後まではっきりしない。評者自身は、脱(反)原発の立場であり、自分で書くのであれば、最初に主張を旗幟鮮明に掲げてこのような本を書きたいと思う。著者が成田龍一を引用して本書で述べる「第三項」の導入(310)は、たしかに二項対立の固定観念を打破し閉塞した議論に風穴を開けるという点では有効かもしれないが、それは書き手が自分のスタンスを離れてこのような重大な問題を自由に論じられるということにはならないであろう。その点では、著者が自分のポジショナリティを明確にしてこの問題に取り組まれることを今後期待したい。

もちろん、同書は3.11以後の原発論争をメディアを中心に取り上げ、読みやすく、有益な書物であることもまたたしかである。一読を勧める。